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邪馬台国は吉備国だった!

日差山の風見岩から岡山平野を見る

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古代史家の若狭哲六氏の邪馬台国は岡山県熊山説


041007
岡山県備前市東片上に在住の古代史研究家の若狭哲六氏が1991年に「女王国邪馬台国の謎に迫る、先史日本の夜明け
国指定・熊山遺跡・鶴山丸山古墳 発掘の真相」という266ページの大作を出版された
当時の岡山県知事の長野士郎氏が「巻頭言」を、同志社大学教授で日本太平洋学会会長の小川光賜氏が「発刊によせて」を
前書きとして寄せられている

若狭哲六氏は自動車の走行距離が実に42万キロ、岡山県内を中心に中国地方の遺跡を実地調査している
主にイワクラ、巨石などを中心にかなりの山奥まで足を伸ばし、写真も数多く撮っている
また地元の備前市から熊山遺跡まで近いため、熊山遺跡、鶴山丸山古墳などは綿密に調査して、関係する1市3町の有志により
「熊山を語る会」を結成、地元の人からの聞き取り調査も綿密に行なっている

方位学者ともいわれる若狭哲六氏は各遺跡の測量、方位、図説などを特に熱心にやっており、方位に関わる方位石、日の出、日の入り
太陽の道、太陽信仰、太陽巨石文化、風水などの深いからみあいについても分析している
加えて陳寿の魏志倭人伝、日本歴史についても言及して、結果 長野士郎氏の巻頭言にあるように
「女王卑弥呼の邪馬台国は古代吉備の熊山だった」という結論を出している

また「私見によれば、吉備大国に存在していたと考えられる倭の五王は、大和朝廷をこの吉備大国において誕生させたと推測したい。」
としている 倭の五王とは讃ー履中、珍ー反正、済ー尤恭、興ー安康、武ー雄略と比定している
結文では「今回、発刊の著書は七年におよんだ、熊山遺跡・鶴山丸山古墳を追跡したなかで、両遺跡の持つ意義、目的を詳らかにし、
いまだ知られざる女王国(邪馬台国)の所在地は、「吉備」とする説を提言することが出来た。」と結んでいる

写真と図が多く、データとしても貴重な資料で、邪馬台国の女王の卑弥呼は熊山で終焉の地と結論づけている
たしかに熊山山頂に謎の積み石遺跡があり現在は公園として整備されている
ハイキングコースにもピッタリのところで見晴台も設けられている
邪馬台国 吉備説を補強する資料としては一級の資料といえよう

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