マイクロソフトのビル・ゲイツ会長が一線を引退、今後はエイズ対策などの「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」で活動 − ウェブテレビニュース2008年7月3日
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マイクロソフトのビル・ゲイツ会長が一線を引退、今後はエイズ対策などの「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」で活動− ウェブテレビニュース2008年7月3日
マイクロソフトの創業者で会長のビル・ゲイツ氏がマイクロソフト経営の一線から退くことになった 一つの時代の終わりともいえる
パソコンの無かった時代の1975年にポール・アレン氏とマイクロソフトを創業、IBMのパソコンにOSのPC−DOSを供給することで飛躍のきっかけを作り
その後、ウインドウズ95、98、ME、2000、XP、ビスタなどのOSを供給し、現在のマイクロソフト帝国を築いた まさにパソコンの歴史はマイクロソフトの
歴史ともいえる 最近では新興のグーグルなどに追い上げられているようだが、まだまだ底力は持っている CEOに同じ52歳のスティーブ・バルマーを据え
今までの常勤の取締役から非常勤の取締役になる 今後は夫人のメリンダさんなどと作ったエイズ患者支援などの「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」に活動の軸足を移す
創業から、上場、発展、隆盛、引退と見事に荒波を乗り切ってきた手腕には頭が下がる 途中で沈没する経営者が多いIT業界の中で安定企業に育て、後進も育てた
日本では、ビル・ゲイツを批判してれば、通というような、ヘンな風潮もあるようだがアメリカでのビル・ゲイツの評価は高いようだ
今後は慈善事業家として活動していくようだが、まだまだ52歳と若い 将来のアメリカ大統領候補という呼び声もあるようだ
ビル・ゲイツ氏引退記念でマイクロソフトとパソコンの歴史を振り返ってみよう
●マイクロソフトとパソコンの歴史
●1975年 ビル・ゲイツ氏がポール・アレン氏とマイクロソフトを創業
●1976年 スティーブ・ジョブ氏がスティーブ・ウオズニアック氏とアップルを創業
●1981年 IBMがPCパーソナルコンピュータを発表 OSはPC-DOS(マイクロソフトMS-DOS)8ビット
●1982年 IBM、PC/XTを発表
●1982年 NEC、PC-9801を発表16ビット
●1983年 アップル、Apple2を発表
●1983年 IBM、5550ビジネスパソコンが出揃う
●1983年 NEC、PC-9801F/E398,000円PC-100を発売
●1983年 管理工研、日本語ワープロ松128,000円8インチFDで発売
●1983年 Lotus1-2-3アメリカでベストセラー
●1984年 アップル、Macintosh(メモリ128KB)世界同時発表698,000円
●1984年 富士通、FM-11AD2を発売
●1984年 マイクロソフト、MSX-DOSを発表
●1984年IBMとマイクロソフト、OSの共同開発長期契約を締結
●1984年 IBM,PC/ATを発表。PC-DOS3.0、ROM64kb、RAM512kb、HDD20mb、FD5インチ1.2mb
●1984年 フィリップスCD-ROMドライブCM100を発表
●1984年 デル創業
●1985年 ジャストシステムIBM JX用日本語ワープロ58,000円で発表
●1985年 日本電信電話公社が民営化によりNTTになる
●1985年 マイクロソフト、ハードメーカーにMS-Windowsの出荷を開始 ネットサービスMSNを開始
●1985年 ジャストシステム、一太郎を発売
●1985年 アップル、スティーブ・ジョブス退任。ジョン・スカリーCEOになる
●1985年 マイクロソフト、MS-Windowsを市販
●1985年 インテル、80386ファミリー12MHz/16MHzを発表299ドル
●1986年 マイクロソフトがナスダックに上場
●1986年 東芝、アメリカでT-3100を発売
●1986年 横河ヒューレットパッカードPC/AT互換Vectra(MS-DOS3.0)80万で発売
●1986年 ソフトバンクに対抗してアスキー、コナミがソフトウェア流通のソフトウイング発足
●1986年 コンパック、80386マシン発表、HDD40mb、OSms-dos3.1
●1986年 PC-9801モデルチェンジ、ソニーNEWS登場、シャープX68000登場
●1987年 NEC、セイコーエプソンを著作権侵害で提訴
●1988年 日本IBM、日本語版PS/2を発表
●1989年 東芝Dynabookを発売198,000円
●1990年 マイクロソフト、Windows3.0を発売
●1991年 日本IBM、DOS/5.0/Vを発表
●1991年 マイクロソフト、コンパックにDOS/5.0/Vを提供
●1992年、新しいOS,Linux日本にも登場
●1994年 ヤフーが創業
●1995年 マイクロソフト、Windows95を発売
●1998年 マイクロソフト、Windows98を発売
●1999年 マイクロソフト、WindowsMeを発売
●1999年 NTTドコモインターネット対応ケータイiモード発売
●2000年 マイクロソフト、Windows2000を発売
●2000年 マイクロソフトのCEOがビル・ゲイツ氏からスティーブ・バルマー氏に交代
●2000年 アメリカ連邦地裁がマイクロソフトに会社分割を命令
●2001年 NTTドコモ、JAVA対応iアプリ機能付きiモード発売
●2001年 AOLとタイムワーナーが合併
●2001年 マイクロソフトと米司法省が独占禁止法で和解
●2002年 ヒューレット・パッカードがコンパックを買収
●2003年 この頃ヒューレット・パッカード デスクトップパソコンHDD20GB、メモリ128MB、CPU2.4GHz、価格10万前後
●2003年 この頃ヒューレット・パッカード ノートパソコンHDD20GB、メモリ128MB、CPU1.8GHz、価格13万前後
●2004年 IBMがパソコン事業を中国のレノボ・グループに売却
●2008年 マイクロソフトがヤフー買収を提案、交渉は決裂
●2008年 グーグルがネット広告事業でヤフーと提携
●2008年 ビル・ゲイツ氏がマイクロソフト経営の一線から退く 慈善事業に注力と発表
まさに、マイクロソフトの歴史はパソコンの歴史ともいえる 専門家しか使えないと思っていたコンピュータをウインドウ(窓)という形にビジュアルかした功績は大きい
このビジュアル化というのは元はアップルが先にAT&T研究所から導入して発売した技術だが、それを一般大衆化した功績はマイクロソフトのほうが大きいだろう
黒い画面にコマンドを打ち込んで使う画面(現在でもDOS画面で残っている)に比べ、ウインドウ化したビジュアル画面はクリック一つで操作できるため
誰でもが簡単に使えるようになった それによって一般化、大衆化が急速に進んだ このことはマイクロソフトの大きな功績だろう
新興のヤフーやグーグルなどの台頭があって、この先のマイクロソフトの将来は予測しがたいものがあるが、いずれにしてもビル・ゲイツ氏の功績が消えることは無いだろう
パソコン業界、ネット業界の一つの時代の終わりの象徴が、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏の経営一線からの引退だろう
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