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このページでは、日本の情報・諜報機関、、、などについて書いてみよう

日本の情報機関は戦前は陸軍や海軍など軍部に付随した情報機関が多かった


活動実態が定かではない情報機関が数多いが、その数はかなり多かったようだ


戦後、発見された小野田少尉などは陸軍中野学校の出身だが、その活動実態は


厚いベールに包まれている


戦後は、総合商社などが情報活動の一端を担っているようにも見えるが、諸外国に比べて


日本の情報機関はかなり見劣りがする


耳の長いウサギを目指して、情報活動を強化する必要があるだろう


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2007年5月10日AP通信が、終戦時にアメリカ占領軍が日本政府や旧軍当局に慰安婦の調達を命じた文書発見と報道


AP通信が、4月26日、終戦後、日本に進駐したアメリカ占領軍が日本政府や旧軍当局に慰安婦の調達や売春施設の建設を命じた文書が発見されたと報道
発見された文書の内容は
・「1945年8月末から9月にかけ、日本政府の内務省などが東京はじめ茨城県などの地方自治体に(慰安婦集め)を指示した」
・「合計7万人以上の女性が売春に従事した」
・「アメリカ軍当局はそれら女性の一部は強制徴用されたという報告があることを知りながら、慰安所開設を認め連日連夜、米軍将兵が詰め掛けることを許した」
概要は上記の通りだが、旧日本軍でアメリカ軍進駐受け入れの準備組織として元大本営参謀の有末精三らの「有末機関」が活躍、メンバーの証言もあるとしている
これに対し、アメリカで日本軍従軍慰安婦問題に取り組んでいる民主党のマイク・ホンダ議員(日系二世)は
「日本軍の慰安婦は日本帝国軍隊の政策として、性的奴隷という目的のために少女や女性を拘束し、強制し、拉致したのだから、米軍のそれとは異なる」
としているが、同件につき5月4日、議会調査局に調査を依頼した
有末精三(元大本営参謀、元日本郷友連盟会長)らは、終戦のだいぶ前から中国などでアメリカ軍関係者と接触、アメリカ軍が日本の進駐した場合の慰安婦の確保
慰安所の建設などに暗躍していた 慰安婦の確保は内務省と都道府県、旧軍関係者などが当たったようだが中には強制連行したケースも報告されている
満州で細菌による人体実験をして多数の中国人などを虐殺した731石井細菌部隊の石井四郎・軍医中将(千葉県出身)も終戦後は一時、新宿で売春宿を経営していた
終戦前後のドサクサで、いろんなことがあったようだが、今まで隠蔽されていた暗闇の部分の厚いベールが、少しづつはがされているようだ


●2007年3月12日(月)●
アメリカの公文書館に保管されているCIAの対日工作機密文書が機密解除されて公開された
それによると、戦後右翼の大物でロッキード事件で逮捕された児玉誉士夫(故人)のことを「プロのうそつきで悪党、ペテン師、
大どろぼう、 情報工作は完全に無理で金儲け以外に関心がない」とさんざんに酷評している
また戦時中の大本営参謀で戦後参議院議員になった辻政信大佐については「人格、経験の両面でどうしようもない」と切り捨てている
戦後、辻政信はCIAの協力者となったが「名声や利益を得るために情報を水増ししたり、完全にでっち上げることがよくある」と指摘している
また大本営参謀だった辻政信の上司だった服部卓四郎が1952年2月にクーデターを計画、吉田茂首相を殺して、鳩山一郎氏を
擁立する計画があったこともファイルされていた
服部卓四郎は戦後、GHQ連合国総司令部の歴史課に勤務、G2参謀二部の下で内外の秘密工作に関与していた
1949年にG2の資金援助を得て、「タケ・マツ作戦」という秘密工作が行なわれ、河辺虎四郎元参謀次長や有末精三元参謀本部
第2部長らが作戦に従事したことも書かれている
辻政信にしても服部卓四郎にしても元大本営参謀でノモンハン事変を引き起こした張本人だが、ノモンハン事変後、再び参謀本部に復帰
辻政信は南方作戦なども指揮したがことごとく失敗、多数の餓死者を出した 作家の半藤一利氏が辻政信が参議院議員のときに
あったが、「この世に真の悪党がいる」と面談後、「ノモンハンの夏」という本に書き残している
ノモンハン事変で最前線の26連隊を指揮した須見大佐は「服部や辻なんかは人間じゃない」と死ぬまで口を極めてののしったという
辻政信は福井県の炭焼きの子どもだが、陸軍大学を二番で卒業、その後、大本営参謀になったが作戦はことごとく失敗、無残な
餓死者を多数出した 終戦後はCIAの協力者になって資金を得て、参議院議員に立候補して当選、「潜行3000里」という本を
出版してベストセラーになった 参議院議員時代にサイゴンに埋めた金塊を掘り出そうとラオスからベトナムに潜入後、スパイを思われて
現地のゲリラに射殺された
服部卓四郎は辻政信の上司だが、本来なら真っ先に戦犯で絞首刑になるべき人物だが、世渡りがうまいのか?こんどはGHQに勤務
G2の保護の下に数々の秘密工作に従事、朝鮮戦争での秘密工作などでアメリカ軍に協力した
大本営参謀からGHQに鞍替えした人物は多く、河辺虎四郎や有末精三などもそういう連中の一人だ
こういう連中は、頭が良いのか?頭の切り替えが早いのか?昨日まで鬼畜米英、米英撃滅と叫んでいたのが、敗戦とわかったとたんに
すぐさま、GHQに食い込むことを考え、GHQに就職したりした
また、アメリカ兵が日本に上陸するということで政府を挙げて、アメリカ兵用の慰安婦を大募集、国防婦人求む、ダンサー募集などといって
集めた女子をアメリカ兵に献上した これは地方では県職員が中心になって行なわれた 世界の歴史上でも、こういった政府を挙げて
敵兵に自国の婦女子を献上したというのは初めてのことである 日本人はつくづく器用な頭をしているものと他国民は感心したという
器用な頭といえば、学校の先生が最たるもので、生徒に鬼畜米英、忠君愛国と教え、竹槍訓練などをしていたのが、マッカーサーが
日本に到着したとたんに「今日からは民主主義でございます」という器用なことを見事にやってのけた 実にフレキシブルな頭脳のようだ
その他の日本人も玉音放送があってからは、ヒゲをつけた将校は戦犯にされるというウワサが流れると、偉い将校連中は慌てて
ヒゲを剃り、いつの間にやら、いずこともなく消え去った 中には山奥に逃げ込んだ将校もいたという
山奥に逃げ込んで、終戦後数年たって、もう戦犯では捕まらないとわかってから、「南京大虐殺は無かった」とかいって回ってる
山口県の連隊長などもいるようだが、なんとも世渡りがうまいというか?器用な頭をしているものだ
アメリカは公文書館に戦前、戦後の日本の機密資料を保管している 日本では機密資料をすべて焼却処分にしてしまった
アメリカの公文書館の機密資料が順次、公開されてきているので、いずれ真実が世に出るだろうが、中には731石井部隊の
あっと驚くような、卒倒するような資料も含まれているようだ 早めの公開が望まれるところだ
それにしても、日本人の頭はなんと器用な頭をしているのか?つくづく感心させられる 都合の悪いことはすぐ忘れるのも非常に早い
フレキシブルな日本人の頭に乾杯!


日本の情報機関の一覧





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日本の過去の情報機関


●明石機関● 1864年(元治元年)生まれの明石元二郎大佐が日露戦争の勃発時にスウェーデン大使館付駐在武官のときに創設

●土肥原機関● 岡山県出身のA級戦犯で絞首刑の土肥原賢二中将が昭和13年7月に参謀本部直轄として誕生、その後影佐偵昭大佐の梅機関に

土肥原機関 (上海 陸軍参謀本部第2部第8課(情報部宣伝謀略課)直属) 
  元ハルビン特務機関長・元奉天特務機関長土肥原賢二が組織。 
  主に華北軍閥懐柔工作、重慶政府情報収集に従事。その後、影佐偵昭大佐の梅機関に。 
●ゼスフィールド機関●(ゼスフィールド76号)(上海 土肥原機関・梅機関配下)
  土肥原機関員だった晴気慶胤少佐が影佐偵昭大佐の支援の下に組織。共同租界を
  中心に、蒋介石側謀略機関「藍衣社」などにたいする暗殺・テロ活動に従事。

●甘粕機関● 明治24年生まれ、大杉栄、伊藤野枝、7歳の甥を虐殺したことで有名な甘粕正彦が満州の満映理事長時代に創設、アヘンの密売

甘粕機関 (満州 民間) 
  甘粕正彦が大陸浪人などを集めて組織。奉天特務機関長土肥原賢二などと連携し、 
  アヘン密売などに従事。 

●茂川機関● 盧溝橋事件でシナ駐屯軍直属特務機関の機関長 茂川秀和少佐が、暗躍

茂川機関 (天津 支那派遣軍司令部北支那方面軍直属) 
  茂川秀和大尉が組織。松機関と連携してアヘン密売などに従事。 
  盧溝橋事件を利用した日中全面衝突誘導工作への関与が疑われている。 

●松機関● 岡田芳政少佐が関東軍の板垣征四郎高級参謀や甘粕正彦や茂川機関と連携して、熱河省で栽培のアヘンを天津などで密売

岡田芳政少佐が、中国の天津でアヘンの密売や偽札偽造などの謀略工作、後に軍事運輸の坂田組(坂田誠盛)の坂田機関になる

松(岡田)機関 (上海 支那派遣軍司令部参謀部第2課(情報課)直属) 
  岡田芳政少佐が組織。大陸浪人阪田誠盛らとともに、天津でのアヘン密売や、 
  岩畔豪雄大佐指示による杉工作(偽札の製造・流通で、中国経済の混乱を画策)などに従事。 

●陸軍昭和通商 ●
  岩畔豪雄大佐らが主導し、各財閥より出資を募り、昭和14年設立。世界各国に
  支店を開設し、武器売買・軍需戦略物資調達・阿片売買などに携わる。また、
  陸軍特務機関員の活動工作のための拠点としても利用された。

●陸軍登戸研究所● 陸軍中野学校を創設した一人の陸軍省軍務局軍事課長の岩畔豪雄大佐らが神奈川県登戸に謀略用戦略資材の開発をした

陸軍登戸研究所 
  岩畔豪雄大佐らが謀略戦略資材の研究製造などを目的に、旧組織を改組して設置。 
  科学戦研究機関「習志野部隊」「関東軍516部隊」、細菌戦研究機関「関東軍731部隊」 
  などとも連携。偽札流通工作「杉工作」などにかかわる。 

●陸軍中野学校●陸軍のスパイ学校、フィリピン・ルバング島に残置諜者として残った小野田寛朗少尉は中野学校の出身者だった


●731石井部隊●満州のハルピンで生物兵器を使用して3000人以上を殺した部隊、千葉県出身、京大医学部卒の石井四郎中将が責任者

2008年6月6日森村誠一の「悪魔の飽食」で有名な、731石井細菌部隊とは



東京新宿の戸山にあった陸軍軍医学校の防疫研究室は、1933年、中国東北部のハルピン郊外の寒村・背陰河に極秘裏に部隊を創設した
1938年(昭和13年)には、ハルピン市外の南東約15キロに位置する平房(現黒竜省・平房区)の約6キロ四方の土地を特別軍事地域として設定し
この地に膨大な研究施設を建設、翌年に背陰河から移転した さらに1940年(昭和15年)には、牡丹江、孫呉、林口、ハイラルに防疫給水部の支部を設置
新京(現・長春)には軍馬防疫隊(秘匿名 満州100部隊)を設立するなど、731部隊はハルピンを中心とする広大なネットワークを構築した
また、防疫研究室は関東軍以外にも、防疫給水部を次々に設置している 1938年には北シナ派遣軍の1855部隊を北京に、翌年には中シナ派遣軍の1644部隊
広東に南シナ派遣軍8604部隊、1942年(昭和17年)にはシンガポールに南方軍防疫給水部9420部隊を発足させた
731部隊の隊長は、このようなネットワークを張り巡らせた防疫給水室の責任者・石井四郎だった 慶應義塾大学の松村高夫氏の「731部隊とは何か?」によれば
その組織の中核は4部からなり、
1部 ウイルス班 ペスト班 赤痢班 コレラ班 チフス班
2部 植物絶滅研究
3部 石井式ろ過気器の製造
4部 細菌製造
この主要4部のほか、総務部、教育部、資材部、診療部などがおかれ、飛行場、鉄道引込み線、発電所、宿舎が建造された 
さらに、敷地内には、ウサギ、ネズミ、モルモット、ノミなどを飼育した動物舎、常時80〜100人を収容する特設監獄、死体焼却場なども設置されていたという
731部隊での実験、研究に従事していたのは、東大、京大をはじめとした大学医学部、医科大学、民間研究所から軍属・技師として動員された2600人ほどの
医学者・研究者であったとされている
石井の提案を受けて防疫研究室の設立を強く支援したのは、1932年に近衛師団軍医部長に就任し、のちに軍医として最高位である陸軍軍医中将になった小泉親彦であった
厚生省設置に尽力した小泉は、1941年には第三次近衛内閣の厚生大臣になり、BCG摂取による結核予防などを推進、続く東条内閣でも厚相を務めたが
戦後、戦犯としての取調べを拒否し、1945年9月13日、割腹自殺を遂げている

●731石井細菌部隊の連隊長 石井四郎関連の略年表

1892年(明治25年) 石井四郎が千葉県加茂(現市原市)に生まれる 石川県金沢市の旧制第四高等学校から京都帝国大学医学部に進学
1919年 満州で関東軍が独立
1920年(大正9年) 石井四郎が陸軍軍医学校に進学
1925年 生物化学兵器の使用を禁じるジュネーブ議定書が調印される
1928年 石井四郎が海外視察に出る
1932年 陸軍軍医学校 防疫研究室が発足
1933年 関東軍防疫給水本部(731部隊)が発足
1937年 日中戦争勃発
1938年 731石井細菌部隊が平房に移転
1939年 ノモンハン事変勃発
1941年 真珠湾攻撃 太平洋戦争始まる
1945年 日本が無条件降伏
1946年 東京裁判が始まる
1948年 東京裁判が終わる
1959年 石井四郎が死去




●2008年6月5日(木)●
後期高齢者医療制度が大問題になっているようだが、厚生労働省は過去にも薬害エイズ問題なども引き起こしている 戦時中に中国の満州で細菌などで
中国人などを3000人くらい虐殺した731石井細菌部隊のことを調べていたら、なんと!厚生省を作ったのも、また731石井細菌部隊を作ったのも
福井県鯖江市出身の陸軍軍医中将だった小泉親彦だったことがわかった 東条内閣でも厚生大臣を務めた小泉親彦軍医中将だが、1932年に近衛師団軍医部長も勤めている
敗戦が決まって9月13日に割腹自殺を遂げている GHQの取調べを拒否したようだ 中国人などをマルタと称して人体実験などで3000人ほど虐殺した
「731石井細菌部隊」だが、森村誠一の「悪魔の飽食」で詳しく書かれている 部隊長だった石井四郎は千葉県加茂町千代田(現 市原市)出身
京大医学部を卒業後、満州で「731石井細菌部隊」を設立、敗戦前に本土に帰っている 戦後は新宿で売春宿を経営、「731石井細菌部隊」の極秘データを
GHQの参謀二部G2のウイロビー部長に渡す見返りに戦犯指定を免れている 「731石井細菌部隊」にいた2700人ほどの研究者などは、終戦時に
施設などを破壊した後、本土に帰り、厚生省などに就職している 帰ってきた大物の中に薬害エイズ問題を引き起こしたミドリ十字製薬を創立した内藤良一がいる
内藤良一はGHQと「731石井細菌部隊」の免責を交渉した人物でもある 本土に帰ってきた部隊員は戦後、大病院の院長になったり、大学教授などになっている
人物が多い 中国人のマルタを相手に生体解剖などもやっているようだから、医者としての腕は良かったのだろう
今、問題になっている「後期高齢者医療制度」だが、どうも厚生労働省のやっていることはおかしい と感じていたが、厚生省を作った人物と石井細菌部隊を
作った人物が同じということで、その秘密の一端がわかったような気がする どちらも小泉軍医中将のようだ 厚生労働省も「731石井細菌部隊」も似たような体質なのだろう
マルタにされる国民は、たまったものではない クワバラ、クワバラ 今後も「731石井細菌部隊」については調査を進めていきたい



●516部隊●満州のチチハルに設置された毒ガス研究施設、広島県大久野島に毒ガス工場、731部隊と密接に協力して人体実験

●梅機関● 明治26年生まれの影佐偵昭大佐が中国の重慶で国民政府のナンバー2の蒋介石や汪兆銘らを懐柔

梅(影佐)機関 (上海 支那派遣軍司令部直轄) 
  参謀本部第2部第8課初代課長だった影佐偵昭大佐が組織。蒋介石のライバルだった 
  汪兆銘らの懐柔工作に従事。土肥原機関よりテロ組織ゼスフィールド機関を引き継ぐ。 

●里見機関● 影佐偵昭大佐の指導で満州国通信社の初代主幹の里見甫が中国の犯罪組織のチンパンやホンパンと連携して上海でアヘンの密売

里見機関 (上海 民間) 
  関東軍直属「満州国通信社」初代主幹だった里見甫が組織。影佐偵昭大佐の指導で 
  中国の犯罪組織と連携し、上海でのアヘン密売を取仕切る。 

●興亜機関●シナ派遣軍参謀2課直轄の香港の特務機関、アヘンや軍事物資調達、右翼フィクサーの三浦義一と盟友の関山義人などが暗躍

興亜機関 (香港 支那派遣軍司令部参謀部第2課(情報課)直属) 
  岩畔豪雄大佐らが創設したダミー商社「昭和通商」と連携し、阿片密売や軍事戦略物資 
  調達などに従事。 

●児玉機関 ●-児玉誉士夫が大陸浪人などを集めて上海に作った機関、水田機関を乗っ取った 後見人は特攻生みの親の大西滝治朗中将 


児玉機関 (上海 民間) 
  大西滝治朗少将主導の下、児玉誉士夫が大陸浪人などを集めて組織。海軍航空本部への 
  資材調達に従事する過程で、巨利を得る。 


●アメリカ OSS ●-戦略事務局(第二次世界大戦中のアメリカの情報機関)

●アメリカ キャノン機関● 占領中の日本にあったGHQ参謀第2部直轄の秘密機関 Z機関とも

●有末期間● 有末精三陸軍中将が、終戦後G2と協力して戦犯逮捕に協力、ウイロビー少将、マンソン大佐に食い込む、日本郷友連盟会長

●河辺機関●関東軍参謀だった河辺虎四郎中将が、戦後G2のMIS軍事情報部の歴史課に所属、CIC防諜隊の下請けとして情報収集
メンバーは辰巳栄一中将、芳仲和太郎大将(西部軍参謀長)、山本茂一郎少将(ジャワ軍政監)、沢本理吉朗少将(元ソ連駐在武官)
西郷従吾大佐(大本営ドイツ班参謀)、下村定太郎陸相は顧問格で参加 後に世界政経調査会(内閣調査会の外注先)になる

機密指定を解除されたアメリカ公文書8月12日によると、河辺虎四郎中将は1931年の満州事変で参謀本部の作戦担当
1938年に武官としてドイツに赴任、1940年の日独伊三国同盟の締結に尽力、終戦時は参謀次長、降伏条件受け入れの代表団を
率いてマニラを訪問、占領当局と協力体制構築、1948年にG2のウイロビー少将の依頼で8万7000円を貰って河辺機関設立
「タケマツ作戦」開始、タケは海外情報収集、マツは国内活動、有末精三陸軍中将、吉田茂首相のブレーンの辰巳栄一元陸軍中将や
最後の陸軍大臣だった下村定元大将らが参加、サハリン(樺太)残留日本人からの情報収集、ソ連へのスパイ潜入、無線傍受などを
1948年から1952年まで行なった 1952年にGHQが資金援助打ち切りを通告
河辺機関長は機関関係者を自衛隊の前身の保安隊や日本政府の情報関連機関に就職させた

2006年8月21日 アメリカ公文書館の機密指定解除で河辺虎四郎らによる「新日本軍」創設計画が1950年に吉田茂首相に
提案されていたことが発覚
「地下政府」の主導で宇垣一成を最高司令官に河辺虎四郎を参謀総長に任命することを計画
★河辺虎四郎 (かわべとらしろう)1890年9月富山県生まれ
陸軍大学校卒、ドイツ大使館付武官などを経て、終戦時は参謀次長 陸軍中将 終戦時に降伏条件協議のためマニラに飛んだ
終戦後にGHQ歴史課に勤務 旧日本軍幹部による秘密情報機関「河辺機関」を率いた 1960年6月死去

★宇垣一成(うがきかずしげ)1868年8月 岡山県瀬戸町生まれ
陸軍大学校卒 陸軍省軍務局軍事課長などを経て1924年に陸相に就任 1925年に陸軍大将 陸軍の整備近代化をすすめた
1938年に外相 終戦後の1953年、参院選で全国区最高点当選 1956年4月







●ウェブテレビ編集こぼれ話8月24日(木)●
アメリカ公文書館に保存されている旧日本軍などに関する機密指定が一部解除されて、元大本営参謀の河辺虎四郎陸軍中将らによる
「新日本軍」創設構想の一端が明らかになった 太平洋戦争が終わって61年、キチンとした総括をしないまま今日に至っているから
靖国問題なども起こっているのだろう あいまいにお茶を濁すというのは日本人の得意技だが、こと三百数十万人もの日本人が
死んでいる以上、あいまいに済ませるわけには行かない 戦前の太平洋戦争前の日中戦争から戦後まで非常に興味深い歴史分野だが
一番不思議でならないのが、太平洋戦争を指揮した大本営参謀の河辺虎四郎、有末精三、辻政信、服部卓四郎らや、731石井細菌部隊の
石井四郎軍医中将らが戦犯指定を免れ、GHQに協力して戦後占領政策を執行した経緯などの部分だ
ドイツでも同じくドイツ軍高官によるゲーレン機関という秘密機関が戦後占領行政に協力したという経緯があるようだが
本来は戦犯として処刑されるべき人間が、戦後占領行政に重要な役割を果たした、またGHQもそういう不逞のやからを利用したと言うのは
公明正大という観点から見れば一大汚点だろう 本来戦犯で絞首刑になるべき人間が占領行政で重要な役割を果たしたというようなことは
アメリカ軍にとっても不名誉なことだろう こういうミソもクソもごちゃ混ぜにして処理すると言うことから戦後日本の混乱が
生じているのだろう やはりミソはミソ、クソはクソとキチンとわけて処理しなければならない
占領行政に役に立つ人間か?どうか?で選別して運の悪い人間はA級戦犯で絞首刑、それよりも悪いやつだが利用価値があると見られた
人間はGHQに採用された こういった曖昧模糊とした処分はGHQの戦後処理の一大汚点だろう
河辺虎四郎、有末精三、辻政信、服部卓四郎、石井四郎らの悪逆無道ぶりは、A級戦犯で処刑された人間の悪行よりもかなりひどい
世渡り上手、オベッカ使いのうまい旧日本軍参謀らを処刑しなかったGHQの無軌道ぶりは批判されても仕方がないだろう
ただ、旧日本軍の資料などがアメリカ公文書館に保存されて、徐々に機密指定が解除されてきているので、いずれ全真相が明らかに
なるだろう こういった形で記録としてキチンと保存されているという点はアメリカ軍の功績だろう 評価しなければならない
日本で保存されていると、いつものとおり、改ざん、捏造など行なわれていたことだろうが、アメリカ公文書館に保存されている以上
改ざん、捏造は不可能だ いずれにしても、戦後61年、曖昧模糊とした処理をしてきた太平洋戦争の総括だが、このあたりで
キチンとした総括をするべき時期に来ているようだ なにしろ三百数十万人の日本人の生命が失われた大戦争だったわけだから


●辰巳機関●辰巳栄一中将が吉田茂の裏人脈として宮野正午少将(元シナ派遣軍作戦課長)細田大佐、高山信武大佐、杉田一次大佐など

●服部機関●辻政信関東軍参謀らとともにノモンハン事変を主導した服部卓四郎大佐が、戦後G2の歴史課に勤務、朝鮮戦争でも暗躍







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内閣情報会議又は合同情報会議のメンバーの情報機関


★内閣官房 ★
★内閣情報調査室 ★
★警察庁 ★
★警備局 ★
★防衛庁 ★
★防衛局 ★
★公安調査庁 ★
★外務省 ★
★国際情報統括官組織 ★

その他の情報機関


法務省

警視庁公安部
各道府県警察本部警備部
各道府県警察本部調査課

陸上自衛隊 陸上幕僚監部
陸上自衛隊 運用支援情報部
陸上自衛隊 海上幕僚監部
陸上自衛隊 指揮通信情報部
陸上自衛隊 航空幕僚監部
陸上自衛隊 運用支援情報部
陸上自衛隊 情報本部
陸上自衛隊 統合情報部(J?2)(統合幕僚監部の情報収集・分析を担当)
陸上自衛隊 中央情報隊
陸上自衛隊 情報保全隊

海上自衛隊 情報業務群
海上自衛隊 情報保全隊

航空自衛隊  航空総隊作戦情報隊

海上保安庁 警備救難部
海上保安庁 警備課
海上保安庁 情報調査室

情報機関的機能を有するとされる組織


財団法人ラジオプレス
独立行政法人 日本貿易振興機構(ジェトロ)
総合商社













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