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「吉備に高天原とヤマタノオロチ神話の根源地を探して」


             

 2006年12月    広畠 輝治


第3章 自説の高天原神話とヤマタノオロチ神話の成立過程


ここ数年間、ひたすら邪馬台国・吉備説を追い続けていますが、時々、なぜここまでのめり込んでしまったのだろうか、


と我ながら不思議な思いにとらわれます。大和説や九州説を信じる方々には、


「いい加減、たわけたことはやめろ」とお叱りを受けるかも知れません。


古事記の「大和のキビツヒコ2皇子が吉備を征服した」の一節から始まった私の吉備説は、


吉備の地中に拡がっている世界を調べれば調べるほど予期以上に膨大で深く、


大和説や九州説は明らかに誤りであると分かってきたことが、のめり込んでしまった理由でしょう。


これまで地図の上で漫然と見てきた周匝と周佐が「スサノオ」につながる地名であることに気がついたように、


古代日本の深層につながる糸は思わぬ所から出現します。


(歴史的な風景)


高天原とヤマタノオロチ神話の根源地は津山盆地と吉井川流域という仮説を第1候補として、
私なりの吉備・邪馬台国発展の風景を描いてみます。
―弥生時代前期に瀬戸内海地方の弥生文化が少しづつ入ってきた津山盆地に、前期末頃、播磨地方から、
イザナギ・イザナミ神話が伝播します。同時に水稲、養蚕、青銅器加工が発展し、山岳部に住む縄文人も盆地に降りて来て定着します。
那岐山がイザナギ・イザナミ降臨の地となり、イザナギ・イザナミのカグツチ斬り篇が発展し、
イツノオハバリ、タケミカヅチ、フツヌシの剣神・軍神が誕生します。
―弥生中期に入ると、吉井川経由で瀬戸内海との交易が発展し、北九州の宗像海人、讃岐の商人・工人も
津山盆地まで行き来するようになり、周匝も宿場・交易町として発展します。
次第に太陽神オオヒルメを信奉する津山盆地側と嵐神スサノオと宗像3女神を信奉する瀬戸内海側との摩擦と融合が生じます。

(太陽と嵐神の1年周期)


秋:太陽が棲む高天原に嵐神(台風)が昇ってくる。縄文系対弥生系の対立により、山の神5男神と航海の神3女神の8神が誕生する。

冬:スサノオの狼藉が続き、オオヒルメは天岩戸に入る。(太陽の減退。冬至祭)

春:雪融けの水で河川が洪水、氾濫する。高天原を放逐され、地上に降り立ったスサノオは堰、堤防を築いて治水の神、国土開拓神となる。

夏:スサノオは悪疫の厄払いの神となり、厄除けの茅の輪の祭祀となる。

―中期中葉になると津山盆地勢力は軍事的にも強大となり、東は西播磨、南は備前、北東は出雲街道沿いに伯耆・東出雲に、
北西は三次盆地へと勢力を拡大していき、主力は赤磐市旧山陽町周辺に移動します。
この動きと連動してスサノオ―オオナムチ神話が拡がります。

―中期後葉になると備前勢力は四国の讃岐勢力(忌部系)と北九州勢力(宗像系)と共同して一挙に瀬戸内海西部と北九州地域まで
勢力圏を広げます。三次盆地勢力は西出雲に進出します。

―弥生後期が始まる前後、美作・備前勢力と備中・備後勢力が統合され、吉備・邪馬台国が誕生し、
首都は両者の中間点である足守川河口地域、吉備中山の山麓の吉備津に建設されます。
しかし両者の統合は後期末の楯築王の後継者をめぐる倭国大乱の遠因となる。
 

  (高天原とスサノオ神話の発展過程)


      津山盆地		伯耆・東出雲		三次盆地・西出雲
前期末頃 イザナギ神話が入る
中期半ば 黄泉路神話		黄泉路神話		黄泉路神話
頃まで 高天原・スサノオ・	スサノオ神話
     ヤマタノオロチ神話
中期後葉 山陽町が首都					スサノオ神話。四隅発生
     オオナムチ神話	オオナムチ神話		オオナムチ神話
後期前葉 オオモノヌシ神話   淀江の妻木晩田遺跡	オオクニヌシ
後期半ば 吉備津が首都		の発展			日本海地域を支配
後期後葉 絶頂期					オオクニヌシ神話が発展
終末期	 衰退期					西出雲の神門王国の全盛期
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