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冬:スサノオの狼藉が続き、オオヒルメは天岩戸に入る。(太陽の減退。冬至祭)
春:雪融けの水で河川が洪水、氾濫する。高天原を放逐され、地上に降り立ったスサノオは堰、堤防を築いて治水の神、国土開拓神となる。
夏:スサノオは悪疫の厄払いの神となり、厄除けの茅の輪の祭祀となる。
―中期中葉になると津山盆地勢力は軍事的にも強大となり、東は西播磨、南は備前、北東は出雲街道沿いに伯耆・東出雲に、
北西は三次盆地へと勢力を拡大していき、主力は赤磐市旧山陽町周辺に移動します。
この動きと連動してスサノオ―オオナムチ神話が拡がります。
―中期後葉になると備前勢力は四国の讃岐勢力(忌部系)と北九州勢力(宗像系)と共同して一挙に瀬戸内海西部と北九州地域まで
勢力圏を広げます。三次盆地勢力は西出雲に進出します。
―弥生後期が始まる前後、美作・備前勢力と備中・備後勢力が統合され、吉備・邪馬台国が誕生し、
首都は両者の中間点である足守川河口地域、吉備中山の山麓の吉備津に建設されます。
しかし両者の統合は後期末の楯築王の後継者をめぐる倭国大乱の遠因となる。
津山盆地 伯耆・東出雲 三次盆地・西出雲 前期末頃 イザナギ神話が入る 中期半ば 黄泉路神話 黄泉路神話 黄泉路神話 頃まで 高天原・スサノオ・ スサノオ神話 ヤマタノオロチ神話 中期後葉 山陽町が首都 スサノオ神話。四隅発生 オオナムチ神話 オオナムチ神話 オオナムチ神話 後期前葉 オオモノヌシ神話 淀江の妻木晩田遺跡 オオクニヌシ 後期半ば 吉備津が首都 の発展 日本海地域を支配 後期後葉 絶頂期 オオクニヌシ神話が発展 終末期 衰退期 西出雲の神門王国の全盛期
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